こんにちは。キャプテンTOKYO(@C_aptainTokyo)です。
人生100年と言われる時代ですが、その1/4である25年の月日が経過しました。
25年生きてきて、様々な経験をしてわかったことなど、書き連ねていきたいと思います。
目次
人生の1/4だけど一番楽しい1/4
先日誕生日を迎えて、26歳になりました。
人生100年と言われる時代なので、人生の1/4を終了したことになります。
年齢で切り分けてイメージを加えると、私の中では下記のように人生は分けられます。
生まれてから社会人になるまでの時間です。
新しいことに触れ続け、人間として個人を形成します。
そして社会人となり、ある程度人生の指針が決まります。
25歳までの努力や経験を武器に、人生を願ったように実現するための挑戦です。
そして50歳を迎えるころには、その挑戦の結果がある程度出るでしょう。
ある意味で、一番厳しい時代かなと思っています。
衰えを顕著に感じながら、人間として心の成長がピークを迎えます。
それまでの経験や過ごし方で、人としての心の在り方が完成します。
仕事も終了する人がほとんどで、人生の中でミッションを完遂します。
死ぬまでの時間の使い方を考えます。
これまでの人生の歩み方次第で、この時期に幸せかそうでないか分かれそうです。
最期は死を迎えることになるものの、一番安らかな時期になりそうです。
このように私は人生を切り分けました。
そして最初の1/4が終了しました。
この最初の1/4は、おそらく人生で一番楽しい1/4であると思います。
この世に生まれてから、幼稚園から大学まで様々な経験をしてきました。
そして社会人になり、そこでも新たな経験が待ち受けていました。
常に新鮮なものに触れ続け、飽きることのなかった25年間です。
かけがえのない友人たちに出会ったり、忘れられない思い出を作ったり、あるいは振り返りたくない失敗をしたり。
多くの経験を通して、社会人としてようやく認められた存在になりつつあると思います。
しかし次の1/4では、社会人として歩むことになります。
今までは幼少期→思春期→大人になり→社会人のように変化に富んだ人生でしたが、次の25年はずっと社会人として生きることになります。
それはきっと、自分の人生に対する挑戦とその結果が出る25年になると思います。
そう考えるとこれまでの1/4とは違い、かなり重く苦しい時間になるかもしれません。
そのさらに後は、肉体的にも衰えが出たり、ある程度世の中のことがわかってきたり、挑戦するエネルギーや情熱が徐々に薄れてきたりするでしょう。
そのようにイメージしているので、ここまで過ごした人生の1/4は、一番楽しい1/4なのではないかと思います。
そして実際に、苦しいこともありましたが楽しい時間が多かったと思っています。
生きていくのは簡単だけど願ったように生きるのは難しい
ここまで生きてきて気付いたことですが、生きていくのは難しくないということです。
生きていくには、特に日本の場合はお金が掛かります。
しかし独身独り身であれば、最低限のお金があれば生活はできます。
そして最低限のお金を得るくらいの仕事であれば、たいていどこにでも存在するため、生きていくこと自体は難しくないと思いました。
ただし、この25年間は自分の思い描いたものとは違います。
イメージしていた人生よりに、現実がはるかに置いていかれています。
より良い人生を生きたいというのは自然なことだとは思いつつも、それを叶えるのは簡単ではなさそうです。
おそらく多くの人間が、平均以上の人生を望みます。
そして望んだ人の多くは、実際に平均以上の人生を歩むと思います。
しかしほとんどの人が平均以上の人生を歩むため、その生活にさえ満足がいかないのかもしれません。
とりわけ自分の場合は、人生の中に大きな野望があるため、現実とイメージとのギャップに苦しみます。
ただ生きていくことは、そこまで難しくはないけれど、自分の望んだように生きるのは、かなり難しいことだと感じました。
そして既に人生の1/4を過ごしてしまっています。
ここからイメージに追いつくためには、次の1/4ではこれまでの1/4とは全く違った歩みが必要になるかもしれません。
まだまだ人生を諦めたわけではありませんが、かなり出遅れてしまったという印象です。
願ったような人生を生きるのは難しいと、改めて気づかされた25年でした。
人生は環境がすべてだと思う
25年の中で、様々な環境で育ってきました。
幼少期から小学校・中学校までは、家が近い人間と関りを持ちます。
学力や性格に大きく違いのある人間が集まり、成長していく上で大きな変化をする年齢、一緒にいる人の影響を一番受けやすい時期かもしれません。
私は幸い、ここで良き友人たちに恵まれました。
良き友人たちとお互いに切磋琢磨しながら、楽しく笑って過ごすことができたのは、人生において後々まで役に立つ経験だったと思います。
世の中には、残念ながら嫌な人間というのもたくさんいます。
私が嫌だと思うと言うことはつまり、私と考えや意見の合わない人間ですね。
これは個人的な意見ですが、そのような方たちは成長期の過ごし方が自分とは違うのだと思います。
私は周りの人間に恵まれ育ちました。
嫌な人間と言うのは、もしかしたらそうではなかったのかもしれないと思います。
それは本人の問題もあるかもしれませんが、やはり環境に左右された結果だと思います。
高校や大学になると、同じくらいの学力の人と関わることになるため、おそらく多くの方が生きやすさを感じると思います。
そしてそのような仲間と、時間を過ごして成長します。
周りの人間のレベルが高ければ、その分自分の成長スピードも上がります。
個人の力も重要ですが、特にまだ子供の頃は周りの環境に左右されることがほとんどです。
私はそういう意味では、環境に恵まれたなと思います。
恵まれていたとは思わないけど周囲の人間には恵まれた
実家はかなり貧乏でした。
そしてここでは書きませんが大きな問題も抱えていました。
決して恵まれてはいなかったと思います。
しかしその恵まれない人生の中でも、恵まれたと思ったのは前述した通り環境です。
特に、友人など関わってきた人たちです。
最初の人生の1/4では、その後の人生に大きく影響を及ぼす出会いがあると思います。
おそらく一生の付き合いになるだろうという人が、たくさんいます。
そのような出会いに恵まれたというのが、自分の人生の最初の1/4で最も良かったと思えたことです。
自分本位で生きようとか、他人は関係ないといった生き方が最近は注目されていますが、個人的には自分の人生を作るのは友人たちであると感じています。
そのため、人生を自分本位で生きても楽しくないと思いました。
人生の歩み方・過ごし方として、友人や大切な人たちのために過ごすというのが、自分の生き方として確立されつつあります。
それも、恵まれた出会いが自分にもたらしたものだと思います。
25年の月日は自分の年齢以上に周りの変化で重く感じる
26歳になりました。
人生の1/4が終了したという点や、世間的には若手から中堅へと見方が変わったりと、25歳までとは意味の違ったものになりそうです。
しかし25年というのは自分の年齢よりも、周囲の変化を感じる25年になりました。
自分が26歳になったことよりも、例えば25歳だった人が50歳に、50歳だった人が75歳になったということに驚きがあります。
それだけの年を重ねて来たため、別れも多く経験しました。
元気だった人の腰が曲がっていたり、気づかぬうちに二度と会えなくなったり。
重ねて来た時間の重さは、周りの変化によって重く感じます。
年齢が上の人だけでなく、小さかった友人の兄弟が高校を卒業したり、自分の背を追い抜いたり、後輩が結婚したり。
自分よりも後に生まれた人たちも変わり、過ぎ去った時間の大きさを思い知らされます。
そして25年を同じように生きてきた同級生の友人たちにも、変化が見られます。
楽しそうに生きている人や、社会の荒波に飲まれて覇気がない人、結婚して家庭のある人や、中には音信不通の人も。
それぞれが人生を歩み、大きく変化した25年です。
この最初の人生の1/4は、周りの変化によってはっきりと感じられるものになりました。
夢や希望を次世代に託していくにはまだ後悔の気持ち
25年も生きると、結婚して子供を産んでというのが、現実問題として考えられます。
しかし私は、どうしてもまだそれはできそうにありません。
自分の人生において何も達成できていないというのが、大きな理由です。
諦めて次の世代に夢を託そうという考えもあるのかもしれませんが、まだ挑戦を辞めるには後悔が残りそうです。
幼少期に大変な想いをしたこともあって、もし子供ができたら、苦労させたくないという想いが強いです。
そのためには、自分が強くなるしかありません。
そうでなければ、子供がまた自分と同じように苦しみながら生きていくことになるからです。
人の家を見てお金持ちは羨ましいとか、有名人の子どもはいいよなとか、子供の頃はよく思っていました。
それは実際に恵まれた家庭ということですが、そこに至るには、挑戦し努力し続けた人がいたということです。
そのような人たちが親となり、子供に良い環境を与えています。
もし自分がお金持ちを羨んだまま、そこそこの生活で次世代に夢を託しても、また自分の子どもが他所を羨むという繰り返しになると思います。
その連鎖を断ち切るためには、自分が強くなるしかありません。
人生は環境だと述べました。
一番人生に影響を与えるのは、やはり家庭環境だと思います。
優しさを持って育てれば、お金など関係ないと言う人もいるかもしれませんが、それは言い訳にしかならないかなと思います。
子供が何かに挑戦したいと願った時に、それを実現することができなかったり、子供の頃しかできない経験をさせてあげられなかったりすることもあると思います。
それが自分たちのせいであれば、私は申し訳ないと思ってしまいます。
私は貧乏で苦労して育ちましたが、それが悪かったとは思いません。
しかし子供に同じ経験はさせたくないです。
なので、次世代に夢を託すにはまだ早いかなと感じる25年でした。
次の人生の1/4は勝負の結果が出る
次の人生の1/4、つまり26歳から50歳までは挑戦の時期になります。
そして50歳を迎えるころには、その挑戦の結果が出ることになりそうです。
25歳までの間に、学生を終えて社会人になりました。
そして社会人3年を経過し、将来のビジョンがある程度見えて来た時期です。
あとは望んだ人生を手に入れるため、努力して挑戦する時期になります。
そして挑戦を続けて、それがどのような結果をもたらすかはっきりとするでしょう。
次の25年は勝負の時間です。
そしてその結果が出て、残りの人生をどのように過ごすことになるのか決まります。
ここまでも多くのことに挑戦してきましたが、自分の人生と向き合っての挑戦という意味では、次の25年は大きな意味を持ちそうです。
別れの悲しさは出会いの喜びとは比にならない
出会いの数だけ別れがあると言いますが、人間は死ぬ以上、それは正しいことです。
そして25年生きていると、たくさんの出会いと別れを経験しました。
ここまでは出会いの数の方が、別れの数よりもはるかに多いです。
しかし自分の中に重くのしかかるのは、別れの重さです。
出会いと言うのは、案外あっさりしているもので、人によってはどのような出会いをしたのかわからない人もいます。
少しだけ関わっただけで、その後どのように過ごしているのかわからない人もいれば、毎週のように顔を合わせる人、離れて過ごしているけど毎年会う人など様々です。
そして多くの別れを経験しました。
高校や大学で離ればなれになったり、引っ越しがあったり、上京したり、あるいはこの世から去ったり。
その度に心に大きな影響を受けます。
別れの重さが、ありありと感じられました。
次の人生の1/4でも、また多くの別れを経験するでしょう。
もしかするとこれまでとは違い、出会いの数よりも別れの数の方が多くなるかもしれません。
そのような現実を恐ろしく感じます。
それでもそれを現実として、向き合っていかないといけません。
別れの悲しさはあまりにも重いですが、それを乗り越えるにはやはり周りにいてくれる人たちがいてこそです。
これからの人生は挑戦を続けないといけないため、自分本位になりがちです。
しかしその中でも、周りの方への思いやりを捨てずにいられないと、別れの悲しさに負けてしまうかもしれません。
感謝させられ続けた25年
ここまでの25年を総括すると、感謝させられ続けた25年だったと思います。
家族や友人たちに恵まれ、苦しいこともつらいことも、あるいは楽しいことも一緒に過ごしてくれた人たちがいました。
自分をここまで導いてくれた人たちがいました。
ここまでの人生は、決して孤独ではなかったです。
周囲の方たちには、感謝しかありません。
あまりにも多くの物を、周りの方からもらってきたと思います。
次の人生の1/4では、そのもらったものを少しでも返していきたいと思います。
感謝させられ続けた25年でしたので、次は自分が周りに感謝されるような生き方をしていきたいと思いました。
まだまだ周りには助けられてばかりで、これからもたくさん感謝することになりそうですが、それでも少しずつ返していけたらと思います。
まずはここで、少しでも多くの方に感謝を伝えられたらと思います。
ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
今回は人生の1/4と言える25年を生きてみて思ったことを書きました。