【人生に悩む】何のために生きて何が楽しいのかわからなくなったときに改めて考えること。

こんにちは。ゾゾのブラ(@C_aptainTokyo)です。

 

コーシー
人生に悩み始めて何年経ったかわかりません。

 

26年しか生きていないですが、人生に悩みます。

周りの人たちを見ていると、人生に悩んでいるのは自分だけなのではないかと思うほど、毎日深く考えます。

人生は何のためにあって自分は何のために生きていて、何が楽しいのでしょうか。

改めて考えて整理し、文章にまとめてみます。

 

なぜ人生に悩むのか

 

コーシー
毎日毎日、なぜこんなにも人生に悩まないといけないのでしょうか。

 

人によって、人生に悩み始めるタイミングは違うと思います。

しかし多くの方が、社会人になってから、あるいは社会人になることを意識してから人生に悩み始めたのではないでしょうか。

 

私の場合は、社会人として働いているうちに、次第に悩みが深くなり毎日のように未来について考えるようになりました。

大学生の頃は、やりたいことも漠然とあって、社会人になったばかりの頃もその漠然とした目標になんとなく向かっていたので、悩みはなかった気がします。

 

しかし社会人として時間を重ねるにつれて、悩むようになりました。

自分の思い描く人生を歩めていないこと、これからも歩めそうにないこと。

あるいは自分が思い描いている人生がどのようなものであるのかさえ、よくわからないこと。

 

コーシー
人生について考えていると、悩まない方が不思議です。

 

人生に悩まない人がいるとすれば、何も考えていないか、あるいは本当に思い描いたとおりに人生を歩めている人でしょうか。

そう考えると、ほとんどの人が人生に悩むのではないかと思います。

 

しかし人生について悩むのは、自分だけなのではないかという感覚も覚えます。

周りの友人たちや仕事の同僚たちを見ていても、人生に悩んでいる姿を見かけることはあまりありません。

 

れおん
これは思うに、人生はあくまでも自分のものであるからなのだと考えました。

 

人生は自分だけのものなので悩みも自分だけのもの

人生は人それぞれで、自分の人生は自分だけのものです。

自分が悩む人生は、他人からすれば関係のないもの。

 

また他人の人生も、自分からすれば関係のないものです。

そこにある悩みを自分のもののように共有することは、難しいでしょう。

 

人生に悩むのは、人生が自分の過去・現在・未来を決定するからです。

自分が納得できる自分になるために、人生をどのように過ごしていき、人生にどのような結果が待ち受けているか。

あまりにも大きなテーマであり、それと向き合うことができるのは自分しかいないため、人生に悩むことになります。

 

コーシー
人生に悩むことは、ある意味当然なのかもしれませんね。

 

人生に悩むと、周りの人は自分ほど人生に悩んでいないという錯覚に陥ることがあります。

他人のことなので事実かもしれませんが、それでも人には人生に対する悩みがきっとあります。

 

そしてそれを理解しようとしたり、あるいは自分の悩みを人に理解してもらおうとしても難しいです。

自分だけの人生で自分の悩みなので、自分が向き合っていくしかないです。

 

キャプテンTOKYO
人生の悩みは、自分が一生向き合っていくしかないのかもしれません。

 

人生は何のためにあるのか

人生の悩みとしてまず考えてしまうのは、人生は何のためにあるのかということです。

自分は一体なぜ生まれてきて、何を成せば良いのか。

 

現代は、世の中にはなんでもあります。

生きていくのに不便なことはなく、多くを望まなければ生きていくことは難しくありません。

 

そのような便利な世の中に生きていると、自分が何かを成さなくても、世の中は快適な世界のままです。

現代には、足りないことなどほとんどありません。

 

コーシー
それでも、自分はこの人生で何かを成し遂げる必要があると考えてしまいます。

 

おそらく結論としては、自分は何も成し遂げる必要はないということでしょう。

この世の中は、一人がさぼったところで何も変わりません。

 

それでも自分の人生が何のためにあるのかを考えてしまうのは、満たされた世の中においても自分が何かを成し遂げたいという贅沢な想いがあるからだと思います。

そしてその想いを持つことは特別なことではなく、むしろ自然なことであると思います。

 

せっかく生まれてきた自分だけの人生なので、何も残さずに人生を終えるのは悲しいです。

 

キャプテンTOKYO
人間は贅沢なので、人生は何のためにあるのかを考えてしまうんでしょうね。

 

人生は何が楽しいのか

人生に対する悩みとしてもうひとつあるのが、人生は何が楽しいのかということです。

基本的には毎日のように仕事をしていて、その合間に若干の休みがある。

休みに少し楽しいことがあっても、またすぐに仕事に戻る。

 

友達と遊んだり、ゲームをしたり、旅行をしたり。

そのときその瞬間は楽しいことがあっても、楽しい気持ちは一瞬です。

基本的には毎日のように人生について悩み、暗い気持ちでいる時間も長いです。

 

また悲しいことが起こると、長い時間引き摺ります。

楽しい時間は一瞬で過ぎ去るのに、悲しいこととは長い時間向き合っていかなければなりません。

 

また10個の楽しいことよりも、1個の悲しい出来事が印象的であったりします。

そう思うと、人生は何が楽しいのかと思ってしまいます。

 

コーシー
本当の意味で人生を楽しむというのは、かなり難しいことである気がします。

 

人生を心から楽しむためには、自分が理想とする人生をはっきりと形にし、それを実現している必要があります。

そう考えると、人生を楽しむこともまた、かなり難しいことであるのかもしれません。

 

そもそも、人生を楽しむハードルが高いのでしょう。

現代は満たされており、満たされることが当たり前の世の中であるため、自分が楽しいと感じるハードルも上がっています。

 

友達遊びに行って、美味しいものを食べる。

それで人生は楽しいということで、納得できないのかもしれません。

 

キャプテンTOKYO
人生を楽しく形作るのは、一人では難しいです。

https://koshiii.net/post-1235

 

 

負けてもいないのに人生を一発逆転したいと悩む

 

うささ
人生を一発逆転したい!

 

そう考えて悩むことはないでしょうか。

私はあります。

 

しかし一発逆転というと、まるで今の人生が負けているかのような考え方です。

負け組・勝ち組という言葉も聞きますが、人生は本来自分だけのもので他人と比較するものではありません。

なので、そもそも負けていないのに一発逆転も何もありません。

 

負けてもいないのに、人生を一発逆転したいと考えてしまうのです。

それは、他人の人生の良い部分だけを見てしまい、漠然と自分の人生ももっと良いものであるべきだという想いがあるからでしょう。

 

その考え方は仕方のないものですが、他人の人生と自分の人生を比較することも仕方のないものです。

現代の人間は贅沢なので、人生という実態のないものを勝ち組・負け組と表現してしまうのです。

 

コーシー
人生は自分のものなので、比較しても仕方がないです。

https://koshiii.net/post-943

 

 

人生の本質が自分の頭で考え続けることであるなら

人生の本質が、悩むことであると思います。

自分がこの世に生まれて、自分の頭で考えて生き抜いていくことが人生であるなら、人生とは悩むことです。

 

人生に悩むのは当然のことです。

そして人生100年、何億もの人生があってその他人の人生も身近に感じられる時代の中で、自分が理想とする人生を歩むことは簡単なことではありません。

 

人生に悩むことがないとすれば、それこそ楽しくない人生かもしれません。

何のために生きているのかも考えずに歩む人生の先に、何かの結論が待っているとは思えません。

 

人生の本質は、自分の頭で考えて歩むこと、つまり結果として悩むことです。

これからも悩むことは多いかもしれませんが、それこそが人生です。

 

キャプテンTOKYO
悩むことは当然のこと。その悩みに対して自分なりの納得のいく答えを追い求めましょう。

 

 

人生はなんとかなる

人生について悩むことは多いです。

それでも、人生はなんとかなります。

https://koshiii.net/post-1278

 

いかがでしたでしょうか。

今回は、人生に悩むので改めて色々考えてまとめてみました。

 

キャプテンTOKYO
人生というものは自分だけのものなので、悩みも自分だけのものです。一生の付き合いになるかもしれませんが、日々考えながら生き抜くだけです。

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